夫の「好き」を信じられるようになるまで

夫婦関係

私は恐怖していた。
大学時代から付き合っている彼に、いつ「別れよう」と言われるか、恐れていた。

私は新卒で入った会社での長時間労働で双極症になった。
不安は的中し、私は未だまともに働くことができない。

長くても半年で辞めてしまうのだ。

私は就活中に、当時恋人だった夫に話していた。
「お給料に関係なく、私は夫に好きな仕事をして欲しい。だから、私も結婚しても働き続けたい」
みたいなことを。

夫は喜んでくれた記憶があって、でも働き始めてすぐに私はこの言葉を実現することは不可能になった。

自分を嘘つきだと思った。

この言葉を守れない私は夫にとっては重い荷物でしかなく、何度挑戦してもすぐに仕事を辞めてしまう私にいつ「別れよう」と言われるのか不安でたまらなかった。
いつか捨てられるのではと恐怖していた。
でも、この不安は的中しなかった。

私は今、夫の妻であるし、娘も生まれて幸せいっぱいである。

私は働けない。
私からの金銭の収入は期待できない。

夫は、新卒で入った会社でExcelが得意になったのをきっかけに、データ分析の道にキャリアを切った。
転職を経るたびに年収を増やし、環境もホワイトになった。
こうして、娘ひとりならどうにか夫の一馬力で育てられそうな状態にまでなった。

そんな夫を見ていると羨ましくなって妬ましくもなるし、同時に頼もしくもある。
私は、彼が努力しているのを知っている。
日々勉強して、スキルを磨いている。

その姿を見せてくれることは嬉しいし、いつか娘にも見せたいと思っている。
同棲期間が長かった私たちは、家事分担についてはよく喧嘩した。

いつかは働くと思っていた私は、「今の家事分担じゃ働けない!」とよく文句を言っていた。
働けないくせに、面倒臭いやつである。

喧嘩と表現したが、夫はこれ以上どうしたらいいんだと思いつつ、一度私の話を飲んでくれていた。
「最近、俺は家事してないなとは思っていた」
と認めてくれた。

そこでほらみろと調子に乗るのが私のダメなところではあるのだが、私は夫から怒鳴られたことも否定されたこともない。
ただ、「実は今仕事が立て込んでてきついんだよね」とか「これはどうしても苦手で忘れちゃうんだよね」とかが冷静に返ってくるのみだ。

だから、喧嘩らしい喧嘩にはなったことはない。

今は専業主婦となり、多くの家事は私の担当だと納得できるので文句はなくなった。
とはいえ、私の体調によっては夕食が作れないなんて日もある。
そういう日は外食になったり、お惣菜になったり、夫が作ってくれたりする。

だから、文句があるなら夫の方だろう。
でも、今のところ言われない。
我慢して、ためていたら嫌だな。

私が「捨てられるかもしれない」と不安でなくなったのは、娘が生まれてからである。
それまではどうにかして働けないと、別れることになるとどこかで不安に思っていた。
結婚してからも抱いていたこの不安は、どうして消えたのだろうか。

娘が生まれて「働く」を夫、「家事」を私に役割分担したからだろうか。
つまり、私には「家事」というお仕事ができたのである。

「収入があるわけじゃないけど、いづみさんが家事をしてくれるおかげでなくなった出費はたくさんあるよ」
と夫は言ってくれる。

料理が美味しいと褒めてくれる。

家計をしっかり管理してくれて助かると言ってくれる。

うん、夫が何度も「家事」にも価値があるのだと言い聞かせてくれたのだろう。
家事で家族の生活を支えることにも価値がある。
娘を私が見ると決めることで、夫は仕事に集中できる。

面白いことを夫は言っていた。

「いづみさんが働けたとして、俺の仕事は直接的には楽にはならないんだよね」と。

つまり納期が伸びたり、難易度が下がったりはしないということである。

「だったら、家事をほぼ全部やってくれた方が楽で助かるよね」と。

夫は日頃からたくさん「好き」だと言ってくれるし、ハグもしてくれる。
そんな愛情表現を何年も受けて、やっと心から夫の「好き」を信じられるようになった。

私は働けない。

でも、家事は立派な仕事だし、夫は私のことが心底好きである。
やっと、「大切な家族が好きだと言ってくれる自分を嫌いだと言うのは辞めよう」と思えたのだ。

娘からも大好きが、夫からも愛しているが伝わってくる。
働けないことは私のマイナスポイントかも知れないが、それ以上のプラスポイントを私は存在しているだけで持っている。
そう思わせてくれるふたりに、私はたくさんの愛情を伝えていきたい。

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